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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)1703号 判決 1981年1月29日

控訴人 谷口照男

右訴訟代理人弁護士 岸本亮二郎

同 山脇衛

被控訴人 日本電信電話公社

右代表者総裁 真藤恒

右訴訟代理人弁護士 澤村英雄

右指定代理人 鶴田勝三

<ほか二名>

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決

二  被控訴人

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

原判決事実摘示中の別紙「請求の原因」に記載されているところ(原判決三枚目以下)と同じである(ただし、原判決三枚目表六行目の「原被告間に次のとおり電話帳について、」を「原告は、被告との間で、原告発行の電話帳について次のとおり」に改める。)から、これを引用する。

二  請求原因に対する控訴人の認否

請求原因事実はすべて認める。

三  控訴人の抗弁

1  控訴人は、東京興信所関西総局という商号で探偵業を営んでおり、昭和四〇年ころから被控訴人の発行する電話帳に右探偵業の広告を掲載してきたものであるが、広告掲載契約は、広告掲載を請け負う者において広告申込書を受理すると同時に成立するものと一般に取り扱われており、被控訴人と控訴人との間の従前からの電話帳広告掲載契約についても同様であった。

2  控訴人は、昭和四八年七月三日、被控訴人に対し、被控訴人において昭和四九年二月一日発行予定の大阪府北部版及び同南部版と同年三月一日発行予定の兵庫県東部版の各職業別電話帳に「結婚」「素行」「尾行」「張込」等の字句を使用した探偵業に関する広告を掲載することを、被控訴人所定の申込用紙に基づいて申し込んだところ、即日被控訴人は右広告申込書を受理した。したがって、被控訴人と控訴人との間に昭和四八年七月三日控訴人の申込みにかかる前記内容の広告掲載契約が成立したものというべきである。

しかるに、被控訴人は、前記各電話帳に控訴人の申込みにかかる右広告を全く掲載しなかった。

3  仮に被控訴人と控訴人との間に前項の広告掲載契約がいまだ成立していなかったとしても、控訴人は、昭和四八年七月三日、前項のとおり被控訴人に対して広告掲載の申込みをしたところ、被控訴人は、右申込みにかかる広告中に使用されている「結婚」「素行」「尾行」「張込」という字句が被控訴人の定めた広告掲載基準に適合しないことを理由に、右広告掲載契約の申込みを承諾しなかった。

しかしながら、被控訴人の右広告掲載基準なるものは極めてあいまいであって、担当者の恣意によって運用されるおそれが多分にあり、現に被控訴人は、控訴人の申込みにかかる広告と同じような字句が使用されている他の依頼者からの広告掲載申込みを承諾して、その広告を被控訴人発行の電話帳に掲載しながら、控訴人の広告掲載申込みに対してはこれを承諾しなかったものであって、他に控訴人の右申込みを拒否することができる事由もなかったのであるから(同和対策問題への配慮ということも口実にすぎない。)、被控訴人の右承諾拒否は、恣意的になされた不公平な取扱いといわなければならない。

そして、日本電信電話公社法及び公衆電気通信法に基づいて公共性を有する電話業務を独占的に行っている被控訴人は、右電話業務に必要不可欠な業務として電話帳の発行を行っており、しかも、その発行する電話帳は日本全国で発行される電話帳のほとんどを占めていて、いわゆる私製電話帳が発行されることは極めてわずかにすぎないのであるから、電話帳の広告掲載事業を独占して行っているものというべきところ、控訴人に対する被控訴人の前記広告掲載拒否は、控訴人を他の広告掲載申込者と不当に差別して取り扱うものであり、また、被控訴人の独占的地位を不当に利用して控訴人と取引をしようとするものであって、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)二条九項一号又は五号、昭和二八年公正取引委員会告示一一号による指定(以下「一般指定」という。)の一の不当な取引拒絶に該当し、同法一九条に違反する不法行為である。

4  控訴人は、被控訴人の右債務不履行又は不法行為によって次の損害を被った。

(一) 逸失利益合計五〇四万円

(1) 大阪府北部版及び同南部版の各職業別電話帳に広告を掲載することができなかったことにより、控訴人の大阪府関係での営業収入は一か月当たり二〇万円の減収となったところ、右各電話帳の広告掲載期間は一年間であったから、控訴人は合計二四〇万円の減収による損害を被った。

(2) 兵庫県東部版の職業別電話帳に広告を掲載することができなかったことにより、控訴人の兵庫県関係での営業収入は一か月当たり二二万円の減収となったところ、右電話帳の広告掲載期間は一年間であったから、控訴人は合計二六四万円の減収による損害を被った。

(二) 慰謝料二〇〇万円

5  そこで、控訴人は、昭和五四年一二月一三日の当審第一回口頭弁論期日において被控訴人に対し、控訴人の前記損害賠償債権と被控訴人の本訴請求債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する被控訴人の認否

1  抗弁第1項のうち、控訴人が東京興信所関西総局という商号で探偵業を営んでいることは認めるが、その余の主張は争う。

2  同第2項のうち、被控訴人と控訴人との間に昭和四八年七月三日控訴人主張の広告掲載契約が成立したことは争い、その余の事実は認める。

3  同第3項のうち、被控訴人が控訴人の昭和四八年七月三日付広告掲載契約の申込みを控訴人主張の理由で承諾しなかったことは認めるが、その余の主張は争う。

被控訴人は、電話業務に付帯する不可欠の事業として電話帳の発行を行っており、右電話帳を電話加入権者全員に無償で配布するについて、その費用を償うために電話帳の一部に一般広告を掲載してその広告料を徴収しているが、電話帳は必ずしも被控訴人だけが発行するものではなく、現にいわゆる私製電話帳が多数発行されているとおり他の第三者においても発行することができるのであるから、電話帳広告が被控訴人の独占事業であるということにはならないのであって、被控訴人は、契約自由の一般原則に従い、その発行する電話帳への広告掲載について契約締結上の自由を有するところ、控訴人の前記広告掲載申込みに対しては、国の施策としての同和問題に関する同和対策審議会の答申及び同和対策事業特別措置法等の趣旨に基づき、被控訴人においても人権擁護の見地から控訴人の営むような探偵業に関する「結婚」「尾行」等の広告の掲載を行わない方針とした結果、右申込みを承諾しなかったものであり、したがって、広告掲載契約の締結について不当に不合理な制限を加えたものではないし、不当に差別してその取扱いをしたものでもない。のみならず、もともと控訴人の営業に関する広告については、被控訴人発行の電話帳に掲載することだけが唯一の手段というわけではなく、他に私製電話帳、新聞、雑誌、テレビ、街頭広告等種々の広告手段があるわけであるから、被控訴人が控訴人の広告掲載申込みを承諾しなかったからといって、そのために被控訴人が損害賠償責任を負ういわれはない。

4  同第4項は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実についてはすべて当事者間に争いがない。

二  そこで、控訴人主張の相殺の抗弁について判断する。

1  控訴人が東京興信所関西総局という商号で探偵業を営んでいること、及び控訴人が、昭和四八年七月三日被控訴人に対し、被控訴人において昭和四九年二月一日発行予定の大阪府北部版及び同南部版と同年三月一日発行予定の兵庫県東部版の各職業別電話帳に「結婚」「素行」「尾行」「張込」等の字句を使用した探偵業に関する広告を掲載することを、被控訴人所定の申込用紙に基づいて申し込み、即日被控訴人が右申込書を受理したことは、当事者間に争いがない。

2  控訴人は、広告掲載契約は広告掲載を請け負う者において広告申込書を受理すると同時に成立するものと一般に取り扱われており、被控訴人との間の電話帳広告掲載契約についても同様であって、前記のとおり控訴人の広告申込書が昭和四八年七月三日被控訴人に受理されたことにより、同日被控訴人との間に右申込書の内容どおりの広告掲載契約が成立した旨主張する。

しかしながら、広告掲載契約が控訴人主張のとおり広告申込書受理と同時に成立するものと一般に取り扱われていることを確認できる証拠は全くないし、特に被控訴人の電話帳広告について控訴人主張のような取扱いがなされていたものと認めるべき証拠もない(《証拠省略》も控訴人の右主張を裏づけるに足りるものではなく、かえって《証拠省略》によると、被控訴人は、電話帳広告の掲載申込みがなされるとこれを受け付け、その後内部で内容等について検討を加えて、法令及び被控訴人の定める広告掲載基準にてい触する場合には当該広告を掲載しないことにしており、また、申込者においても一定期限までに申込みの取消し又は内容の変更をすることができるものとされていることが認められるから、被控訴人の電話帳広告掲載契約については、少なくとも右のような作業が完了し、申込みの取消し・変更ができなくなったときに成立すると関係者において認識されているものと推認される。)。したがって、昭和四八年七月三日控訴人から提出された広告申込書を被控訴人が受理したからといって、そのことだけで被控訴人と控訴人との間に右広告申込書の内容どおりの広告掲載契約が成立したものと認めることはできないのであり、また、右同日右広告掲載契約が成立した旨の当審での控訴人本人の供述部分もそのまま採用することができないのであって、他に右広告掲載契約の成立を認めるに足りる証拠はない。

3  次に、控訴人が昭和四八年七月三日被控訴人に対してなした電話帳広告掲載契約の申込みについて、被控訴人が、右申込みにかかる広告中に使用されている「結婚」「素行」「尾行」「張込」という字句が被控訴人の定めた広告掲載基準に適合しないことを理由に、その申込みを承諾しなかったことは、当事者間に争いがないところ、控訴人は、被控訴人の右承諾拒否(広告掲載拒否)は、控訴人を他の広告申込者と不当に差別して取り扱うものであり、また、被控訴人の独占的地位を不当に利用して控訴人と取引をしようとするものであって、独禁法二条九項一号又は五号、一般指定の一の不当な取引拒絶に該当し、不法行為となる旨主張する。

しかし、独禁法が不公正な取引方法を禁止した趣旨は、公正な競争秩序を維持することにあるから、同法二条九項各号及び一般指定の一において使用されている「不当に」という言葉の意味も右のような独禁法の趣旨に照らして判断すべきものである。しかして、昭和四八年当時にはすでに同和問題が社会問題として論議されてきており、同和対策事業特別措置法などの制定をみて、同和対策のための諸施策を迅速かつ計画的に推進することが国及び地方公共団体の責務とされていたことは公知の事実であるところ、これと《証拠省略》を総合すると、被控訴人は、探偵業に関する広告について「結婚」「尾行」等の字句が使用されていても、これまではそのまま電話帳広告として掲載を認めてきたが、同和問題に対する社会的関心が強まってきたため、公社である被控訴人においても同和対策の見地から右のような字句が使用された探偵業の広告については電話帳広告として掲載を認めないこととし、その方針のもとに控訴人に対してその申込みにかかる前記電話帳広告の字句の変更を求めたところ、控訴人がこれに応じなかったので、やむをえず右広告を掲載しないことにしたことが認められるから(なお、探偵業の広告に関し、「結婚」と同趣旨にも理解しうる「第二の人生」という字句が使用された広告の掲載を認めながら、同和対策を理由に「結婚」等の字句が使用された広告の掲載を規制しても、右「結婚」「素行」等の表現がより直截的で、差別につながる結婚調査等の印象に結びつき易いとも考えられるから、これをもって直ちに被控訴人の取扱いが恣意的であるとか、不合理であるとまでは断定することができない。)、被控訴人の右広告掲載拒否をもって、公正な競争秩序の維持を阻害するおそれのある、独禁法二条九項一号又は五号、一般指定の一の不当な取引拒絶に該当するものと認めることはできない。

もっとも、《証拠省略》によると、被控訴人は昭和四九年三月一日発行の兵庫県東部版職業別電話帳に「結婚調査」の字句が使用されている広告を掲載したことが認められ、この点で被控訴人の電話帳広告の取扱いについて不徹底の点があったとのそしりを免れないが、右の事実から直ちに、被控訴人が控訴人を他の広告申込者と差別して不当に前記の広告掲載拒否をしたものと速断することはできないし、同和問題を口実にして何ら合理的な理由もないのに右広告掲載拒否をしたものとも認め難いのであって、他に被控訴人の右広告掲載拒否が控訴人主張のような事由に基づいてなされたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被控訴人の右広告掲載拒否が独禁法二条九項一号又は五号、一般指定の一の不当な取引拒絶に該当する旨の控訴人の前記主張は採用することができないし、他に右広告掲載拒否が不法行為にあたることを認めるに足りる証拠はない。

4  以上の次第で、控訴人が相殺に供すべき自働債権の発生原因として主張する被控訴人の債務不履行又は不法行為の事実をいずれも認めることができないから、控訴人の相殺の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものとして排斥を免れない。

三  よって、被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 唐松寛 裁判官 奥輝雄 平手勇治)

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